友人から「今度サッカーしようよ」と誘われた。本当は行きたいのに、「その日は仕事で」と断る。気づけば、好きなことの誘いを仕事を理由に断るのが、当たり前になっている。そんな毎日を送っている方は多いのではないでしょうか。
私は、会社員時代から一緒にサッカーをしている仲間と、今でも同じチームでボールを蹴っています。その仲間とのやり取りの中で、ずっと考えていることがあります。
結論から言うと、好きなことに気軽に参加できる人生と、できない人生を分けているのは、本人の意志の強さではありません。収入をどう作っているか、という構造です。収入源が自分の労働だけだと、どうしても仕事がいちばん上に来てしまいます。
この記事では、サッカーの出欠確認で私が感じたことと、働く時間を計算して見えたこと、収入源が労働だけだと起きること、そして「しょうがない」と決める前にできることをお伝えします。
出欠確認のたびに、残念に思うこと
私たちのチームは、月に数回ほど、市のリーグ戦に出たり、知り合いのチーム同士で練習試合をしたりしています。
実は、その練習試合でアキレス腱を切ってしまい、半年ほどはまったく参加できませんでした。基本的に誘われたら即答で参加する私も、けがばかりはどうにもならず、しばらくは毎回「不参加」と返していました。
そんな中で、出欠確認のたびに残念に思うことがありました。他のメンバーの不参加の理由です。多くが「仕事のため」でした。
私は、ある程度の自由を手に入れることができました。けがさえなければ、他のチームの人数が足りないときに助っ人を頼まれても、いつも引き受けていました。
- 平日の夜に「フットサルしよう」と誘われたら、当日でも参加する
- 車好きの友人に「新型車が出たから試乗に行こう」と誘われたら、すぐに一緒に行く
- 朝起きて良い波が来ていたら、ふらっと一人でもサーフィンに出かける
アキレス腱を切って体が思うように動かなかった時期も、月収は仕組みで174万円ありました。体は不自由な期間がありましたが、時間の使い方は自分で決められる状態だったのです。
一方で、周りを見ていると、好きなことのための時間を、仕事のために手放すのが当たり前になっている人が多いと感じます。
働く時間を計算すると、人生の約10年になる
仕事のために好きなことができないのが当たり前の人生。これがどれくらいの時間になるのか、計算してみました。
| 項目 | 計算 |
|---|---|
| 週休2日で働く日数 | 1年でおよそ260日 |
| 1日8時間働くと | 1年で2,080時間 |
| 40年間働くと | 83,200時間 |
| 日数にすると | 約3,466日 |
| 年数にすると | 約9.5年 |
人生のうち10年近い時間が、働くためだけに使われていく計算です。
しかも、これは1日8時間ぴったりで計算した場合です。通勤の時間や、休憩中も仕事を進めている時間を足すと、実際にはもっと長くなります。たとえ残業がゼロでも、通勤を含めて1日10時間以上を会社のために使っているなら、週休2日で40年間続けると、人生の約12年が会社のための時間になります。
私が会社員時代に手放していたもの
私が長時間労働でほとんど眠れない毎日から抜け出すために、会社を辞めて独立したことは、これまでにもお話ししてきました。
当時の私は、仕事に取られる時間が8時間どころではありませんでした。休憩時間も少しでも仕事を進めるために使い、片道1時間かけて通勤していました。1日13時間、14時間働くのも普通のことで、自分の人生の時間をそのまま会社に差し出しているような状態でした。
しかも、それは次のようなことを抱えながらでした。
- 勤務地が何度も変わり、住む場所を自分で選べない
- 会社のカレンダーに合わせるので、好きな日に休めない
- 家族や友人との時間を優先できない
- 生活のリズムを自分で決められない
- 気軽に長い旅行に出かけられない
- 上司、同僚、部下、お客様、取引先との関係で気を張り続ける
よく20年間も続けたものだと、今では思います。
会社を辞めて、こうした束縛から離れたとき、私の中では「もう一度会社に勤める」という選択肢はなくなっていました。この先また20年以上、自分の時間を差し出して、たくさんの我慢を受け入れて暮らしていくことに、喜びを感じられなかったのです。何より、もう一度勤めたら、気軽に友人とサッカーをすることはできなくなるでしょう。
会社に勤め続けることの意味をどう考えるかは、大企業・公務員・医者は本当に勝ち組か?でも書いています。
収入源が労働だけだと、大切なものの順番が入れ替わる
私が考える人生の幸せにとっての大切さを比べると、次のようになります。
お金を稼ぐための労働 < 友人とのサッカー
本当なら、サッカーに参加するために仕事を休んでもいいはずです。
ところが、収入源が自分の労働だけの場合は、そうはいきません。仕事がなくなった途端に生活ができなくなるので、順番を入れ替えなければならなくなります。
お金を稼ぐための労働 > 友人とのサッカー
収入がなくなるのは、とても怖いことです。だから、この入れ替えはサッカーだけでは終わりません。
- お金を稼ぐための労働 > 自分の体や心
- お金を稼ぐための労働 > 家族との時間
- お金を稼ぐための労働 > 友人との時間
- お金を稼ぐための労働 > 夢や趣味
こうして、お金を稼ぐための労働が人生の中でいちばん上に来て、何をするにも仕事を気にしながら過ごすようになっていきます。
ここで伝えたいのは、仕事を優先している人が悪いということではありません。収入源が労働だけという構造の中にいれば、誰でもそうせざるを得なくなるということです。意志の問題ではなく、構造の問題なのです。
だからこそ、変えるべきは気持ちではなく、収入の作り方です。時給を上げる努力とは別の考え方については、「時給とは関係ない収入」を作る考え方で解説しています。
「しょうがない」と決める前にできること
以前、サッカーのメンバーが足りなかったときに、友人を誘ったことがあります。「仕事を休めばいいじゃん」と言うと、「自分が休んだら仕事が回らないから、しょうがない」と返ってきました。
責任感の強い人ほど、そう考えます。その気持ちはよく分かります。ただ、「しょうがない」と決めた時点で、その状況はずっと「しょうがない」ままになってしまいます。
いきなり会社を辞める必要はありません。まずは、小さなところから「選べる状態」を作っていくことができます。
- この1か月で、仕事を理由に断った誘いや予定を書き出す
- その中で、本当は行きたかったものに印をつける
- 自分が休んだら本当に回らないのか、誰かに任せられる部分はないかを考えてみる
- 会社の収入とは別に、小さくても自分で収入を作る方法を調べ始める
- 収入の柱が増えるほど、断らなくていい誘いが増えていくことを意識する
私たちは、会社や社会のためだけに生きているわけではありません。自分や家族が幸せであってこそ、周りの人や社会のことも大切にできます。好きなことに「参加します」と気軽に返せる毎日は、特別な人だけのものではなく、収入の作り方を変えることで近づいていけるものです。
我慢を続けた先でどんな後悔が生まれやすいかは、人生を失敗して後悔する典型的なパターンでも書いています。
まとめ
- 好きなことに気軽に参加できるかどうかは、意志の強さではなく収入の作り方で決まる
- 働く時間を計算すると、人生の約10年、通勤を含めればそれ以上になる
- 収入源が労働だけだと、大切なものより仕事が上に来るのは自然なこと
- 変えるべきは気持ちではなく、収入の構造
- 「しょうがない」と決める前に、小さく「選べる状態」を作り始める
まずは、この1か月で仕事を理由に断った誘いを書き出してみてください。本当は行きたかったものが、あなたが取り戻したい時間です。



